教師のこだわりは生徒の毒か?「10年前のステーキ丼」が教えてくれた、成果を出すための引き算

考え方

【導入:10年前の「敗北感」から始まった】

「お客さんは、本当の良さが分かっていないんじゃないか?」

10年前、飲食店で正社員として働いていた頃、私は本気でそう思っていました。プロとして厳選した「上質な赤身肉」を提供している自負があるほど、目の前の現実に打ちのめされることがあります。

しかし、その時の苦い経験が、巡り巡って今の「教師」という仕事における一つの指針になっています。

【「上質な赤身」がクレームになった理由】

当時提供していたのは、文句なしに質の良い赤身肉。焼きたてをレアで食べれば最高のご馳走です。しかし、これを「ステーキ丼」としてランチ提供した途端、現場はクレームの嵐になりました。

  • 「肉が硬くて、噛みきれない」

  • 「飲み込むタイミングが分からない」

赤身肉は冷めるとタンパク質が固まり、急激に硬くなります。丼という「ご飯の熱でじわじわ火が通る」環境では、食べる頃には「噛みごたえがありすぎる肉」に変貌していたのです。

【「禁じ手」がもたらした衝撃の結果】

悩んだ末、私は丼の肉だけを、安価な「牛脂注入肉(インジェクション)」に切り替えました。もちろん表記も正直に変更。プロとしてのプライドは少し痛みましたが、結果は衝撃的でした。

「肉が柔らかくて最高!」「こっちの方が美味しい」 売上は爆増し、クレームはゼロ。プロの目で見れば格下の肉が、現場では「正解」になった。ここで私は学びました。「相手にとって何が必要か。時には、スペックが低い方が『良いもの』になる瞬間がある」のだと。

【授業も「ステーキ丼」と同じではないか?】

この教訓は、今の私のメインフィールドである「学校の教室」でも全く同じことが言えます。

私たち教師は、つい心血を注いだ「オリジナルのプリント(赤身肉)」を作りたくなります。最新の資料、独自の問い、凝ったレイアウト……。それ自体は素晴らしい。

でも、それが生徒にとって「情報過多で消化不良」を起こしていたり、使い勝手が悪くて学習のテンポを削いでいたりするなら、それは生徒にとっての「硬くて噛みきれない最高級肉」です。

【「生徒が理解しているか」という本質】

教師のゴールは「すごい教材を作ること」ではなく、「生徒が理解し、成長すること」です。

  • 教師のこだわり(赤身肉)に縛られすぎて、生徒を置き去りにしていないか?

  • 既存の教材やワーク(加工肉)の方が、シンプルで分かりやすく、生徒がサクサク進められるのではないか?

「本物」を提供することに固執するあまり、受け手のコンディションを無視しては本末転倒です。あえて既存のツールを使いこなし、生徒の理解を最大化させる。それこそが、現場に立つプロとしての「翻訳能力」なのだと思います。

【結び:こだわりを「手放す」勇気】

「客はわかっていない」「生徒はわかっていない」と切り捨てるのは簡単です。 でも、本当のプロとは、自分のこだわりを、相手が一番喜ぶ形に翻訳して届けることができる人を指すのではないでしょうか。

時には「最高」を手放し、相手にとっての「最適」を選ぶ。 10年前のステーキ丼が教えてくれたこの視点が、今の私の授業と、そしてワークライフバランスを支えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました