「この寒い中、わざわざ選挙?」 テレビから流れる解散・総選挙のニュースを見て、そう感じた方は少なくないはずです。実は今回の1月・2月にかけて行われる衆院選、政治のプロたちの間では「禁じ手中の禁じ手」と言われるほど、異例中の異例な出来事なのです。
12月の選挙はたまにありますが、年明けの選挙は2月なら36年ぶり、1月ならなんと59年ぶり。
なぜ、これほどまでに「真冬の選挙」は避けられてきたのか? その裏に隠された「お金」のカラクリと、戦前の教科書には載らない“陰険な”政治戦略の歴史を深掘りします。
1. 「12月の選挙」と「年明けの選挙」——似て非なるその正体
まず整理しておきたいのは、同じ冬の選挙でも「月」ひとつで意味が180度違うということです。
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12月の選挙(よくあるケース): 2012年や2014年の安倍政権が典型です。これらは「今年の予算を使い切り、来年の予算案を政府が作り終えた」タイミングで行われます。いわば、今年の仕事にキリをつけてから国民の信を問う形です。
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1月・2月の選挙(今回のケース): これが絶望的に珍しいのは、1月から3月が国会において最も神聖な**「予算審議」**の時期だからです。4月から動く100兆円超の使い道をチェックする貴重な時間を、まるごと「選挙活動」に充ててしまう。これは、今の国会ルールでは「国民生活を放置している」という批判を最も受けやすい、リスキーな選択なのです。
2. 【歴史一覧】真冬に戦った歴代総理たち
過去、この極寒期に勝負を仕掛けた首相たちは、いずれも歴史の転換点に立っていました。
3. 戦前の黒い実例:あえて「真冬」に選挙を仕掛けた“邪悪な”理由
実は戦前、冬の選挙は今よりも「戦略的」に使われていました。そこには、当時の政府による、現代では考えられないような「野党潰し」の計算がありました。
「予算がなくても政府は困らない」という魔法(大日本帝国憲法第71条)
当時の憲法には、驚きのルールがありました。 「予算が成立しなかったら、去年の予算をそのまま使えばいい」。これが大日本帝国憲法第71条に定められた「前年度予算施行」という制度です。
当時の政府(田中義一内閣など)はこれを利用しました。 野党が「新しい予算案に反対だ!」と叫ぶと、政府はニヤリと笑ってこう言うのです。 「じゃあ解散だ。選挙が終わるまで予算は通らないが、第71条があるから、こっちは去年の予算で運営するから痛くも痒くもない。困るのは、新しい事業や補助金がもらえなくなる国民と、選挙費用でパンクするお前たち(野党)の方だぞ」
雪と寒さを「武器」にする
また、当時は今のように道路も除雪車も整っていません。雪深い地域に支持者が多い野党にとって、1月・2月の選挙は「物理的な嫌がらせ」そのものでした。 吹雪の中、投票所に行けない有権者が増えれば、政府にとって都合がいい。真冬の選挙は、「国民の足を奪うことで勝機を掴む」という、極めて冷酷な戦略でもあったのです。
4. 2026年、私たちの生活、予算はどうなる?
戦後、民主主義が成熟し「予算は国民のもの」という意識が強まると、こうした戦前のような強引なやり方はタブーとなりました。
しかし、2026年。高市内閣はこの歴史的なハードルを越えて解散に踏み切ります。 新年度予算案はすでに「形」としてはありますが、国会で合格点(成立)をもらわない限り、4月から1円もお金を動かせません。
何が起きるのか?
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自治体が動けない: 国の予算が確定しないと、市役所や町村役場も自分のところの予算が組めません。「あの道路の修繕、4月から始まるはずだったのに…」ということが全国で起きます。
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「暫定予算」というコスト: 4月からの数ヶ月分だけを無理やり確保する「暫定予算」を組むために、さらに官僚や政治家が奔走する。これは本来、かけなくていいコストです。
5. まとめ:冷え込むのは気温だけか、政治への関心か
「寒いから投票所に行くのが億劫だな」 もし私たちがそう感じて家を出ないとしたら、それは形を変えて現代に蘇った「戦前の戦略」に、知らず知らずのうちにハマっているのかもしれません。
国の予算審議を一時的に止めてまで行われる、この異例の決戦。 誰が、どんな大義名分で、私たちの春からの生活を左右しようとしているのか。
厚着をして、期日前投票も賢く使いながら、この「36年ぶりのイレギュラー」を自分の目で見届けてみましょう。冬の体育館は寒いんだろうなー

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